2022年9月6日
手術当日。
朝9時までに到着するべく、6時前に家を出て2時間半。
右手の痛みはあるものの、昨日よりはだいぶマシになっていました。
ギプスのおかげでハンドルに右手を添えられる。それだけで気持ちが楽になりました。
病室に入ると父がいて、手術が終わるまで待ってるからね、と伝えました。
ほどなく姉の夫と母、父の妹のフジコさんが病室に来ました。
姉は来ていましたが病室には入らず、手術前の父に話しかける事はありませんでした。
父が手術室に入り、家族は6畳程度の和室に案内され、手術が終わるまでそこで待機するように言われました。
手術時間は4時間程度。場合によっては伸びるかもしれない。
4時間も一緒にいるのか…
待ってる間、姉はいっさい私に目を合わせることはないものの、妙にはしゃいで見えました。
自分の夫にアイスを買ってこいと甘えてみたり、母をからかって悪ふざけしフジコさんに咎められるような場面もありました。
私はその部屋の空気となり、ひたすら気配を消して時間が過ぎるのを待っていました。
しばらくして姉夫婦と母が先に昼食をとりに行くことになり、私とフジコさんは時間をずらしてあとから行くことになりました。
母が待機室を出しなに、
「フジコさん、ひかる(私)の話を聞いてあげて。ひかるの味方になってあげて。お願いします。」
「え、なぁに?どういうこと??」
フジコさんが聞き返しても、口籠もりながら母は部屋を出て行きました。
姉夫婦が戻ってから、入れ替わりにフジコさんと病院の食堂に向かいました。
「ゆきちゃん(姉)から昨夜聞いたよ。昨日お父さん連れて旅館に行っちゃったんだって?
ひかるちゃんが家にいたくないからってずいぶん勝手にお父さん連れて行っちゃったって。」
またいつものパターンか。
都合の悪いことがあると、関係者にいち早く連絡して自分の都合いいように話を書きかえる。
何も知らないフジコさんは姉の話を少しも疑う様子はありませんでした。
他人には話しちゃいけない。
その言葉が浮かびながらも、父思いな姉とわがままな私の話に、だんだん我慢ができなくなってきました。
私は羽織っていたジャケットを脱いで、赤紫色のだいぶグロく変色した左腕を見せました。
「ゆきちゃんに噛まれた。この骨折も転んだんじゃないよ。」
みるみるフジコさんの顔色が変わり、言葉を失っていました。
「!!どっ .....なにそれ...」
「お父さんも大変だったんだよ。退院後東京帰れって言われて。」
人に言った…言ってやった。これが武者震いというやつかはわかりませんが
とうとう言葉にしてしまったという思いが溢れて体が震えました。
無事に手術が終わり、時間は午後3時を過ぎていました。
胃の噴門部にできたがんのため、切除は食道付近にも及んだという事でした。
「もう麻酔から目が覚めるので、ご家族はそばで声をかけてください。」
姉とフジコさんと私がベッドのそばに立ち、フジコさんが最初に声をかけました。
すると姉が急にフジコさんを押し退け
「お父さん?ゆきだよ?わかる?? お父さん?」
うっすらと目を開けた父は、ベッド横の姉を一瞥しすぐに目を逸らしました。
「お父さん?聞こえる?大丈夫??」
姉が話かけても軽く頷くようなそぶりはしつつ、またすぐに目を閉じました。
お父さん、意識戻ってる。
父は怒っていて姉の問いかけに反応したくないんだな、と思いました。
私はまた明日来るね。
誰にも聞こえないように声をかけました。
帰り、姉がフジコさんに駅まで送るよと声をかけましたが、フジコさんは
「ひかるちゃんに送ってもらうから大丈夫」と断りました。
私はフジコさんを駅まで送り、その日の夜、隠していた左腕を初めて夫に見せたのでした。