2022年9月5日
翌朝、朝食もそこそこに病院へと向かいました。
午前中に手続きをし、昼前には病室に入ることができました。
病院で出された父の昼食は冷やし中華でした。
明日には胃を全摘することになっている父は、冷やし中華を丁寧に混ぜながら
「こんなのもう、思い切りかっこむことはできなくなるんだろうな。」
そう言って、冷やし中華を思い切り啜り始めました。
執刀する先生から手術の話を聞いたあと、病室には2人きりになりました。
父が私の方を見ながらゆっくり、できれば言葉にしたくないように
「こんなこと、他人には言えねえよ」
「ひでぇな………もう忘れろ。こんなこと人にみっともなくて言えやしないよ。それもう隠しときなさい。」
私は上着がずれて肩が出ているのを直そうとしましたが、首周りが派手に破れ、不自然に伸びきった上着は何度着直しても、やはりどちらかの肩が出てしまうのでした。
夕方、病院の出入り口まで父が見送ってくれて、私は一人111km先の東京を目指しました。
何十年かぶりの長距離運転でした。
右手の痛みは相変わらずの激痛で、ハンドルの高さまで持ち上げることすらできません。
噛みつかれたせいか、左胸から肩にかけて少し痺れを感じ始めた左腕だけが頼りでした。
家につけばまた明日がやってくる。
やっとここまで来た。
胃がんの発覚からおよそ1ヶ月、なんといろいろなことがあったことか。
でも遅れはない。まだ大丈夫。
やっとの思いで家につき、上着を着替え近くの整形外科に駆け込んで右手を診てもらいました。
「薬指につながる手の甲の骨がスッパリ折れてるねぇ。どうしたんです?なにしたんですか?」
私は正直に伝えることができませんでした。
「姉と甥のケンカの仲裁をしてて…、気がついたら痛くて…」
言葉にして初めて泣きそうになりました。
甥でもなければケンカでもない…
先生が何度も同じ質問をするので、正直に言ってしまいたい衝動にかられながらも
「こんなこと他人には言えやしないよ…」という言葉が頭に浮かんでいました。
明日は手術の日で、父の妹が病院に来ることになっていました。
姉は来るだろうか・・・。
もしまた何かあっても、父は手術室に入っているのだから大丈夫だろう。
それ以外には…過ぎ去った今日とやってくる明日を頭の中で念入りに確認しながら長い1日が終わりました。